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20年の発展

1997年平成9年
1998年平成10年
1999年平成11年
2000年平成12年
2001年平成13年
2002年平成14年
2003年平成15年
2004年平成16年
2005年平成17年
2006年平成18年
2007年平成19年
2008年平成20年
2009年平成21年
2010年平成22年
2011年平成23年
2012年平成24年
2013年平成25年
2014年平成26年
2015年平成27年
2016年平成28年

手術室の発展

手術室の発展

新しい磐田市立総合病院で実施された最初の手術は、まだ移転中の平成10年5月4日の緊急帝王切開術でした。当時は本館2階の中央手術室のみでしたが、平成22年には外来手術に対応するために本館3階に1室が増設され、平成27年には周産期母子医療センター分娩室で帝王切開術が出来るようになりました。

この20年間の手術室内の器械備品等のハード面においては、LED無影灯、内視鏡手術用の気腹装置・モニター、生体情報監視装置、麻酔自動記録装置、電子カルテ、イメージ装置の増設などの充実ぶりに目を見張るものがあります。

ソフト面としては、DPC算定に向けて、平成19年に手術室運営改善プロジェクトが発足しました。手術室の効率的運用で手術件数を増やすことが収益アップに直結するため、平成26年病院長直轄組織として「手術管理室」が設置されました。予定手術の申し込み方法や外来体制の見直しなど効率的な手術室運営に向けた対応策を、大村看護師長と共に検討し改善を図っています。最近では、経営企画室の協力で手術室の利用状況の可視化や手術に関する経営のベンチマークソフトによる分析も取り入れています。

積極的にME技士を手術室に取り込むことを推進し、ME技士が医療機器の保守、点検をはじめ直接介助業務にも携わっています。全手術の6割程度はME技士の協力の下、実施されています。また、放射線技師も手術室専属として、術中イメージ操作、術後撮影に迅速に対応しています。さらに、可能な限り歩行入室を取り入れ、入退室時間短縮と患者誤認防止に役立てています。平成25年からは平日の看護師当直体制が始まり、夜間の緊急手術対応や早朝の部屋準備が円滑に進んでいます。

常にチャレンジする組織の看護部へ

常にチャレンジする組織の看護部へ

副病院長兼看護部長を拝命し、5年目になりました。団塊の世代が後期高齢者を迎える2025年に向け、日本の医療・介護の体制は大きく変わりつつあり、地域包括ケアシステムの要として、看護師に多くの役割を期待されています。私は、この先もっと必要とされる看護師が、健康で働き続けられやりがいを感じられる職場をつくるという使命があると考えています。

2012年、日本看護協会の重点事業である『看護職のワーク・ライフ・バランス推進事業』に手上げし、病院の事業として位置づけてアクションプランの立案し、計画的に事業を展開してきました。2年をかけ「夜勤・交代制勤務に関するガイドライン」の要件を満たす新勤務体制を導入するとともに、夜勤・長時間勤務手当や資格手当を新設しました。3年目には、病棟再編成を行い1病棟あたりの患者数を減らし、看護師休憩室の改築と師長室兼仮眠室をつくりました。これにより病床500床の稼働が可能になり、病院経営への貢献にもなりました。

医療機関の機能分化が進められ、急性期病院の在院期間は短くなり、医療処置や介護を継続しながら在宅へ帰る患者が増えています。在宅療養の質向上に向け2013年に「認定看護師と訪問看護師の同行訪問」を開始し、2014年には在宅に目を向けられる看護師を育成するために「訪問看護研修」を導入しました。2015年、「磐田市・森町の病院・訪問看護ステーションの看護代表者・薬剤師がつながる会」を発足し、3か月毎に定例会を開催しています。これらの取り組みは、病院と地域の“顔の見える関係づくり”や“連携強化”へと発展しています。

2012年に478名(正規・非正規)だった看護師が2016年には545名となり、離職率も9.4%から5.5%へと低下しました。看護部が同じ方向を目指し、一致団結してチャレンジした結果だと考えます。今後も、地域とともに発展する看護部をつくり続けたいと思います。

5S活動の発展

5S活動の発展

当院では、2007年から北村病院長(当時)を中心とし、医療安全活動の一環として「5S活動」に取り組んできました。5S活動の目的は単にキレイであることを目指しているわけではなく、「医療安全文化の醸成」ならびに「病院経営を健全化」することです。医療安全の側面では、職員のヒューマンエラー削減に結びつけるための環境構築に視点を置いています。間違った物品の使用やモノを探す時間を極力無くし、働きやすい職場とするための具体的方策が5S活動ということです。一方、不良在庫を減らし、必要なモノを必要な場所に提供される仕組みとすることが病院経営の健全化となります。

約10年間の5S活動の結果として、医療安全の側面では、職員向けのアンケートの結果から伺い知ることができます。例えば「5S活動が医療安全の向上に関係していると実感していますか?」という問いに対し、「実感している」と回答したスタッフは、83.7%(1215人中・回答率99.8%)でした。病院経営の健全化については、単純計算ですが不良在庫が年間で4千万円減少しているという試算もあり、効果が示されています。

また、当院の5S活動は、全国的に見ても先駆的な取り組みとされ、この10年間で当院への視察が134件(うち海外5件)、出張講演は49件と、多くの他施設にも恩恵をもたらすことができました。

最後に、5S活動は当院20年間の発展にとって、十分な存在意義と価値を有した取り組みであり、今後も当院の文化として継承されていくものであると考えます。そして、医療安全文化を醸成するための環境を構築するという課題を、当院のみならず全国に発信し、先導できる病院となることが今後の5S活動の進むべき方向性であると考えております。

1997年平成9年

新病院建設

新病院建設 新病院建設 新病院建設新病院建設

昭和21年に磐田病院が開設されて以来、51年が経過した平成9年10月に磐田市大久保の地に現在の新病院が誕生しました。施設規模は、鉄筋コンクリート造地上7階・地下1階、敷地面積約90,000m2、延床面積33,000m2で、診療規模は病床数500床、診療科目数は16科で、翌年の平成10年5月6日に外来診療を開始しました。


導入したMRI

導入したMRI
新病院開設時導入
GE社製 SIGNA
1.5T Horizon Hispeed

1998年平成10年

腎センター

jin-center2

透析室は昭和45年に開設されました。透析ベッド3床でスタートし、昭和53年には38床に増床され県内でも屈指の透析室となりました。また、昭和54年からは夜間透析も開始しました。さらに、血液透析だけではなく腹膜透析(CAPD)も昭和63年から開始し、県内の基幹施設として透析医療を展開してきました。そして、平成10年に現在の病院に移転する時に、透析ベッド数を45床に増床しCAPD診察室も併設し、保存期腎不全も含めたすべての腎不全医療を行う事を目標として「腎センター」と名称を変更し新たなスタートをきりました。

1)血液透析

腎センターでは、新たに血液透析を開始する人、維持透析を行っている人、他の疾患(循環器、呼吸器、消化器疾患など)の治療のために他院から紹介され入院している人、が透析を行っています。新たに血液透析を開始する人は毎年50~60人です。また、維持透析を行っている人は長期透析患者が多いため、透析関連合併症への対策が大きな課題です。合併症のひとつの透析アミロイドーシスには積極的に取り組み、いくつもの新たな知見を発信してきました。そして、各診療科の充実に伴い、他院から紹介されて入院する患者数が増加しています。また重症患者も多くなり、腎センターだけではなく集中治療室で血液浄化療法を行う事も増えました。

2)腹膜透析

腹膜透析患者数が県内で一番多い時期がありました。このころに「カテーテル出口部洗浄」という新しいケア方法を考案・実践し、全国に情報発信を行い、これが標準的ケアとなりました。

3)保存期腎不全

保存期腎不全の診療は腎センターではなく、腎臓内科外来で行っています。この数年は透析導入前の治療も充実し、紹介患者数も増加しています。

今後も腎センターを中心に、より高度な腎不全医療を展開するつもりです。


健診センター開設

健診センター開設

当院の健診事業は、平成10年5月までは、市民の健康診断として、病院の一角で健診を行うと同時に、磐田市国保ドックとして1日4人程度の人間ドックを行っていました。しかし、健康な生活を長く送るために、生活習慣病やがんの早期発見など病気の予防、早期発見、早期治療という観点から健康診断や検診の重要性が増してきたため、独立した部門として現在の病院に移転すると同時に健診センターが開設されました。開設時から人間ドック、企業健診、地域への健康啓発活動を事業の柱として行ってきています。
当初は、1日定員4名から開始した人間ドックも平成28年4月から1日20名まで定員を増やしています。また、基本の人間ドックに加えて、脳ドック、心臓ドック脳・心臓ドッキングドックコース、オプションとして胃カメラ、腹部エコー、骨塩定量、乳房エコー、マンモグラフィー、子宮がん検診、前立腺がん検診などお客様の要望に応えられるようなメニューも加えてきました。

今後も、更に出来るものがないか検討して種類を増やしていく予定です。また、企業健診につきましても、各企業や全国協会けんぽ加入者等からご依頼を頂き、平成27年度は約7,700件を実施しております。そして、地域への健康啓発活動として、毎月1回病院内の講堂でやさしい健康教室を開催しています。現在、これら健診センターの業務については、専属スタッフの不足もあり、医師、看護師、検査技師など、病院内のスタッフの協力の下行っています。今後、健診センターが更なる飛躍、発展のためにスタッフ増員や健診機器の整備など取り組むべき課題もまだまだありますが、地域住民の要望に応えられるように今後も努力していきます。

1999年平成11年

やさしい健康教室の開始

病気の知識や予防方法を学び、健康の維持・増進への関心が高まり、住民の皆さんが健康的な日々を送れる事を願って、やさしい健康教室が始まりました。

講師は病院スタッフです。 参加費は無料で、どなたでも参加できます。

2000年平成12年

500床フルオープン

平成10年5月6日、現在の病院は16診療科、392床の稼働でスタートしましたが、その後、標榜診療科の増加とともに、閉鎖されていた病棟も使用が開始され、平成12年4月1日から500床フルオープンしました。

2001年平成13年

結石破砕装置の新機種を導入

当時から結石の治療方法は、切らずに尿路結石を治す「体外衝撃波結石破砕術」が多く使われており、結石破砕装置の新機種を10月に導入しました。これにより、従来より治療時間が短縮でき、また、痛みも少なく治療できるため患者様の負担が軽減されました。ほとんどの場合は、入院の必要もなく外来治療ができ、治療後すぐに歩行や食事、入浴などの日常生活が可能で、結石患者様にとっては朗報となりました。

2002年平成14年

広報いわた「教えてドクター」の掲載開始

健康の維持や病気のお話などは、「道しるべ」という定期機関紙により市民へ情報発信してきましたが、発行回数も限られているため、「広報いわた」に本コーナーを設けることで、毎月、当院医師による情報提供が可能となりました。

2003年平成15年

平成15年臨床研修病院の指定

平成15年臨床研修病院の指定

磐田市立総合病院初期臨床研修プログラム:この10年間の歩み

平成15年にそれまで努力義務であった卒後臨床研修が義務化されることになった。この研修制度は「将来の専門分野にかかわらず、すべての医師がすぐれた基本的臨床能力を身につける」を理念として掲げ、磐田病院もこの理念に沿った初期臨床研修プログラムを整備し初期研修医を募集することになった。

この制度は日本の医療体制を改善するという意味で極めて重要なものであるが、従来医師の派遣を大学医局に頼ってきた自治体病院にとっては独自に若手医師を獲得するチャンスであると同時に研修医から選ばれない病院になる可能性もあり大きなリスクを孕むものでもあった。

当院では臨床研修制度開始当初より、研修医教育システムの整備・充実に医師、コメディカル、事務系職員一丸となって取り組み2003年以降全国の大学から多くの初期臨床研修医を受け入れ、その総数は2016年時点で136名に達している(資料1、2)。当院が研修場所として多くの研修医達に選ばれる病院になったことは、病院の活力、医療の質、地域住民の評価、職員の帰属意識の向上につながりこの10年間の当院の発展の大きな推進力になったと考えられる。

これからも益々「研修医に選ばれる病院」を目指して研修環境の整備・改善と教育の質の向上に精進していく必要がある。

資料1:研修医募集の推移
年度 定員 応募数 マッチ数
2003 5 1 2
2004 4 8 1
2005 6 15 6
2006 6 10 5
2007 8 19 8
2008 10 9 6
2009 10 17 10
2010 10 20 10
2011 10 25 10
2012 12 19 10
2013 12 23 12
2014 12 22 12
2015 12 12 9

● 資料2:研修医出身大学(29大学)

愛知医科大学、秋田大学、岩手医科大学、愛媛大学、大分大学、金沢医科大学、金沢大学、北里大学、岐阜大学、京都府立医科大学、杏林大学、群馬大学、慶応大学、滋賀医科大学、滋賀医科大学、昭和大学、昭和大学、中国医科大学、東京大学、富山大学、富山大学、名古屋市立大学、名古屋市立大学、名古屋市立大学、藤田保健衛生大学、藤田保健衛生大学、藤田保健衛生大学、山梨大学、琉球大学

日本医療機能評価機構認定

当院は、第三者評価を導入することで日頃提供している医療が一定の水準を保っているか適切であるかを客観的に評価を受け、職員の医療の質に対する意識向上と継続的な改善による組織の活性化を図ることを目的に財団法人日本医療評価機構の認定を取得することとしました。平成15年12月には「Ver.4.0」の認定を初めて受審し、その後、平成21年1月に「Ver.5.0」への更新、平成25年12月に「一般病院2の3rdG Ver.1.0」への更新を行い現在に至っています。平成25年の受審時には、地域がん診療連携拠点病院として、日本でも数少ない高精度放射線治療システム「ノバリスTx」2台を導入している放射線治療部門や3名の常勤診断医のいる病理診断部門、また、地域医療支援病院としての地域の保健、医療、福祉施設との連携と市民公開講座の開催等に対し、特に高い評価を受けました。

機能評価は認定を取得する事も大切ですが、受審を通じて課題を明確にしその課題を解決することにより、病院機能を充実させることが最も重要なこととなります。

当院では、業務改善委員会が中心となって毎年、機能評価項目の内容について自己評価チェックを行い、さらに部署間で相互ラウンドを実施しています。そうすることで課題を明確化し継続的かつ組織横断的な改善活動を実施するとともに、職員意識の向上と組織の活性化につなげています。

ninteisho

2004年平成16年

感染症2床の開設

感染症病床

開設当初より2階の救命救急病棟に個室として2室(205、206号室)の陰圧室を設置していましたが、病室は通路とドアで仕切られているだけで、空気感染対策としては不十分なものでした。一方で新型インフルエンザの大流行が危惧される中、2002年にはSARSコロナウイルスの世界的な流行もおこり、新興感染症も含めた空気感染対策の充実が望まれました。当時の病室は上記のほか、車いすでトイレが使えず、浴室・シャワー室もありませんでした。このような背景で、呼吸器内科部長だった故・安田和雅先生が中心となって新感染症室の検討を行い、隣接する多床室の203号室と205号室、206号室の3室を改修して、新205、206号室を設置しました。通路と病室の間に前室をつくり、シャワー室も設置したことで安全な空気感染対策が実施され、肺結核を中心感染症に使用されています。

2005年平成17年

経営企画室の設置

総務省が示した公立病院改革の指針に基づき、経営効率化を図るため、経営感覚に富む人材の登用とともに、病院経営を本格的に考える部署として経営企画室(現経営企画課)を設置しました。北村病院事業管理者(当時病院長)は、「診療部門には医療技術をもったプロフェッショナルがいるのだから、経営企画部門の中枢を担う専門家がいてしかるべき」と当時を振り返っています。公立病院にあっては、まさに先進的な取り組みとなりました。

2006年平成18年

医療安全推進室の設置

当院は2004年に薬剤過量投与による重大事故を経験し、事故後の患者家族への対応や再発防止対策を無我夢中で行ってきました。2006年4月、医療安全体制を強化するため、「医療安全推進室」を病院長直轄組織とし、専従の医療安全管理者が配置されることになり、多職種で構成する医療安全推進室のメンバーとともに、医療安全に関する基本的な考え方を職員に周知し、起きた事例を報告できる文化をつくるための活動をしてきました。医療安全は、エラーを起こしにくい環境をつくり、エラーが起きても障害が起こりにくい工夫をして、より安全な医療システムを構築することを目指すものです。医療安全管理指針・医療安全管理マニュアルを整備し、種々の改善活動を行い、2008年には電子媒体によるヒヤリ・ハット報告システムを導入しました。

2007年平成19年

地域周産期母子医療センターの指定

地域周産期母子医療センターの指定

静岡県では県内を3つの地域(東部・中部・西部)に区分して、それぞれの地域ごとに周産期医療機関のネットワーク整備が進められてきました。主に正常分娩を取り扱う一般病院・診療所・助産所、産科救急を受け入れる産科救急受入機関、産科及び小児科を備え周産期に係る比較的高度な医療行為を行うことのできる地域周産期母子医療センター、よりハイリスクな妊娠に対する医療及び高度な新生児医療等の周産期医療を行う総合周産期医療センターと区分、それぞれ役割分担・連携して、地域の周産期医療を支える体制となっています。

平成19年3月、当院は地域周産期母子医療センターの指定を受けました。中東遠地域唯一の地域周産期母子医療センターとして、中東遠地域の正常分娩のみならず早産や合併症のある妊婦を受け入れることになりました。当時分娩数は年間1,000件を超え、分娩数700件までを想定していた産科病棟では対応困難となり、平成22年3月周産期母子医療センターがオープンしました。
1階は母親教室の開催できる講堂や母乳指導の部屋があります。2階は産科病棟で、陣痛室(分娩待機室)と分娩室、新生児室と授乳指導室があります。分娩台は3台、病室は37床のうち個室20床、4床室4部屋、LDR(陣痛分娩産褥回復部屋)1床の構成です。3階はNICU(新生児特定集中治療室)6床、GCU(発育観察ユニット)は7床(平成25年11月より6床)にて運営、妊娠32週以降、体重1500g以上の児の受け入れをしています。

センター開設以降ハイリスク妊娠やハイリスク分娩が増加し、未熟児・新生児の入院比率も上昇しています。中東遠地域の分娩の主力を担い、地域の母子を支えるセンターとして機能しています。

地域医療連携室の設置

これまでの病院完結型医療体制から、医療技術の進歩と各医療機関との機能分化が進み、一つの医療施設で医療が完結しない時代となりました。そこで、医療機能の分化・連携を推進することにより、急性期から回復期、在宅医療に至るまで地域全体で切れ目なく必要な医療を提供することで、地域完結型医療体制を構築することを目的に、平成15年9月1日より、専門部署として、事務部医事課内に病診連携室を設置し、平成19年に地域医療連携室と名称変更しました。

  • 当初の業務内容
    予約受付(紹介患者の診療予約、依頼検査の予約)、共同診療の手続き・対応、紹介患者の当日の受入れ業務、紹介元医療機関への受診状況・経過報告の送付、病院情報のお知らせ、借用レントゲンフィルム等資料の返却等
  • 職員体制・・・・事務1名、委託職員3名
  • 執務室・・・・・・本館1階正面玄関右側に設置
  • 紹介率・・・・・・25.7%(逆紹介率の算定は、なし)

導入したMRI

導入したMRI
県下で初めて導入された全身用3TMRI装置導入
GE社製 SIGNA
3.0T HDxt TwinGradient

2008年平成20年

院内保育園の開設

こすもす保育園は、医師住宅を改修して平成4年11月2日に「たんぽぽ託児所」として、開設されました。
当時は、定員18名、保育士3名、保育時間7時45分から18時までとして運用開始となりました。その後、新病院移転に伴い「こすもす保育園」として改名されました。

それからの保育園は、預かる子供の増員にあたり、乳児室増築・園庭改修・浴室増築・トイレ増築と、あとは保育室の改造工事などを行なって来ました。平成20年4月には、定員30名に増員し、保育時間を19時30分までにと延長し、第2第4土曜日の保育も開始しました。
さらに、平成21年10月21日からは、夜間保育が開始(毎週水曜日)となりました。

平成24年3月末にて、病院直轄が終了となりましたが、旧病院から子供たちを保育していただいていた八木先生をはじめとする保育士さん達には、本当に感謝しています。

平成24年4月1日より民営化に移行し現在では、定員60名、保育時間を15分延長し19時45分までに、夜間保育も実施しています。

これからも保育理念である、私たちは子ども達に「自分の夢を自分の力で実現できる人」になって欲しいと願っていますをモットーとし、齋藤園長と7人の保育士さん達で、子どもを預ける職員のみなさんが、子どもの事を心配することなく、仕事ができる環境のお手伝いをしていただきたいと思っています。

2009年平成21年

救命救急センター開設

当院救命救急センターは、中東遠地域の三次救急を担うため、2009年4月に開設されました。年間約20,000例の救急患者及び5,000件の救急車搬送を受けております。救急科医師2名を中心とし、内科系医師1名、外科系医師1名、初期研修医2名、看護師3名で初期診療を行っております。そして、疾患および重症度に応じて各専門診療科や待機看護師の応援を受けております。

救急車搬送患者および重症患者に対応するため、救急処置室はオープンフロアとなっており、処置用ベッド4床と経過観察用ベッド8床があります。また、救急車搬送以外の患者用診察室が4室あります。診療に欠くことのできない臨床検査や画像診断は24時間対応可能であり、特にCT(80列CT)およびX線撮影装置は救急外来専用のものを持っております。

救急患者診療だけでなく、中東遠地域や県のメディカルコントロール業務にも参加しております。これは病院搬送前の患者対応を行う救急隊員に対し助言や指導を行うものです。現在、救急隊は気管挿管や静脈路確保、さらには低血糖発作時のブドウ糖投与が可能です。これらの救急隊の行為を担保することが、メディカルコントロールの役割の一つです。また、救急隊を対象とした標準化診療コースも行っております。外傷患者対応を行うJPTEC(Japan Prehospital Trauma Evaluation and Care)コース、脳卒中患者対応のPSLS(Prehospital Stroke Life Support)コース、意識障害患者対応のPCEC(Prehospital Coma Evaluation and Care)コースなどがあります。
救急医療は、いろいろと厳しい現状に置かれておりますが、地域救急医療を多方面から担っていきたいと考えます。


導入したCT・MRI

導入したCT
国内3台目に導入されたCT
Philips Brilliance iCT
256iCT

2010年平成22年

がん診療連携拠点病院の指定

がん診療連携拠点病院の指定

【背景】

平成18年にがん診療の均霑化を目指した「がん対策基本法」が制定され、がん診療連携拠点病院(以下、がん拠点)の指定が始まりました。しかし、当時の中東遠二次医療圏はがん拠点の空白圏で、西部(浜松)医療圏が補完するかたちをとっていました。その一方で、当院における悪性腫瘍の手術件数は19年度335例→21年度430例(28%増)、新規放射線治療患者数19年度200例→22年度307例(55%増)、外来化学療法20年度2,239人・平均9.3人/日→22年度3,464・同14.4人/日(55%増)と、患者数が急増していたこともあり、がん診療機能の向上と診療スペースの確保は、重要な課題でした。

【指定への動きと現在】

上記のようながん患者の増加に対応し、地域のがん医療を支えることが当院の責務と考え、平成18年からの中長期計画では、救急医療、周産期医療とならんでがん診療の充実を重点項目として位置づけ、整備を急ぎました。早期のがん拠点指定を目指して、手術、放射線、化学療法、緩和医療の充実に取り組み、22年に指定を受けました。現在では、外来東館(腫瘍センター)の開設と外来化学療法室の拡張、2台のノバリスTX照射装置による高精度放射線治療といった診療機能の充実のみならず、患者支援を目的としたがん相談支援センターの設置、がん登録、がんをテーマにした「市民公開講座」の定期開催、さらに地域ケアを視野に入れた連携強化など、がん診療の中核として機能を発揮しています。

これからも中東遠地域のがん診療を推進するために、地域の医療機関と連携を図り、地域の皆さまに安心して暮らしていただけるよう努力してまいります。

2011年平成23年

地域医療支援病院の指定

地域医療支援病院とは、患者に身近な地域で医療が提供されることが望ましいという観点から、紹介患者に対する医療提供、医療機器等の共同利用の実施等を通じて第一線の地域医療を担う、かかりつけ医、かかりつけ歯科医等を支援する能力を備え、地域医療の確保を図る病院として相応しい構造設備等を有する病院のことです。平成23年9月、中東遠地区として初めて地域医療支援病院の承認を受けました。具体的な役割としては紹介患者への医療の提供、医療機器の共同利用の実施、救急医療の提供、地域の医療従事者に対する研修の実施です。平成27年度実績では紹介率は67.9%、逆紹介率は78.7%、医療機器の共同利用としてはMRI1,168件、CT670件、救命救急センターでは年間1,7161人(救急搬送患者4,838人)の患者を受け入れています。研修会としては在宅医療連携勉強会等を行い、医療者のみならず介護関係者にも研修の場を提供しています。住民の方々へも市民公開講座、出前健康講座を通じて情報提供を行っています。

当院では地域医療により貢献するために平成27年地域医療支援室を立ち上げました。地域医療連携室、相談支援センター、入退院支援部門を統括して運営し地域医療を支援していく部門です。地域包括ケアシステムを確立し、地域完結型医療を進めるにためには医療のみならず介護との連携および住民の方々の理解は不可欠です。地域医療支援病院として磐田市のみならず中東遠地区、浜松市の医療および介護施設とも連携を行い、住民の皆様が可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができる助けとなるように努力していきます。

地域医療支援病院の承認要件(主なもの)

  • 紹介患者に対する医療提供
  • 施設・設備等の共同利用
  • 救急医療の提供
  • 地域の医療従事者に対する研修の実施
  • 病床数
    ・200床以上
  • 必要な施設・設備
    ・集中治療室
    ・化学療法、細菌検査、病理検査室
    ・図書室 など

循環器診療体制と若手医師の育成

緊急心臓カテーテル検査など24時間対応可能なスタッフ体制を整えています。故河島先生も2009年度から2011年度に当院循環器内科医療にご尽力いただきました。

2012年平成24年

外来東館の開設

外来東館の開設

【背景】

平成18年に中長期計画が策定され、救急医療、周産期医療とともにがん診療の充実が重点項目として位置づけられました。当時、中東遠二次医療圏は県内でも人口あたりの医師数が少なく(10万人あたり107人)、地域医療の逼迫した状態が続いていました。患者さんの集中に伴い、外来が手狭になっており、診療スペースの確保が望まれていました。がん患者も急増し、手術件数、放射線治療件数、外来化学療法件数とも前年を大きく上回る状態が続いていました。一方、移転時から使用していた放射線照射装置は老朽化し、更新の時期を迎えていましたが、それには新たな設置場所が必要でした。
このような状況で平成22年に地域がん診療連携拠点病院に指定され、拠点病院に見合った機能の充実が求められていました。

【施設概要】

22年5月より「外来東館(腫瘍センター)建築設計委員会」による基本構想策定が始まり、続いて院外委員を交えた「外来東館(腫瘍センター)建築設計協議会」が中心となって適正かつ効率的に設計・建築を進めるための審議を進め、基本設計をまとめました。これをもとに23年3月末まで実施設計を行い、本館東側に隣接して鉄筋コンクリート2階建て延べ床面積2,182㎡の外来東館を建設しました。

竣工は平成24年2月で、体制の整った部署から運用を開始し6月に全面稼働しました。一階部分は放射線治療装置「ノバリスTX」2台に代表される放射線治療ゾーンと、手狭だった呼吸器内科・呼吸器外科外来診察室(呼吸器病センター)になっています。二階は婦人科と乳腺外科の外来診療室を配置した女性科診療ゾーンと、26床まで増床可能な外来化学療法室と緩和医療科・精神神経科の外来診察室、がん相談支援センターを配置した「総合的がん診療支援ゾーン」となっており、外来がん診療の中心となっています。

市民公開講座・出前健康講座の開始

病院の専門性を生かした様々な医療に関する情報について、市民に関心、興味を持ってもらい、自身やご家族などの病気予防や健康増進に役立ててもらうため、平成24年度から市民公開講座を開始しました。今年度は例年の2回に加えて、記念事業として7月に、膵がんをテーマにした講演会やパネルディスカッションを開催しました。

クリスマスコンサートの開催

「入院患者様の療養生活に潤いと変化を提供したい」という願いから、毎年、クリスマスコンサートを開催しています。コンサートは、「患者様に元気になっていただけるなら是非参加したい」という有志職員が出演し、クリスマスメドレーなどの歌や演奏、演技などのパフォーマンスにより盛り上げ、多くの患者様に楽しんでいただいています。

電子カルテの稼働

平成10年の病院移転と同時にオーダリングシステムが導入され、処方や検査など部分的に電子化されていましたが、平成24年1月、患者サービスの向上・医療の質の向上・健全な病院経営という目的のもとに、電子カルテシステムを導入しました。紙運用で行っていたカルテや伝票等が電子化されることによって、情報の共有化が図られ、より安全かつ迅速な診療の提供が可能となりました。電子化されたカルテ情報の活用と、診療に関わる事務作業の軽減は、患者様へのより良い医療サービスの提供につながっています。また、紙カルテに関する費用や保存スペース等の削減、準備・移動に係る業務の効率化が実現できました。現在では、電子カルテシステムは、院内だけにとどまらず、地域医療連携や、医療分野でのICT活用を推進していくうえで欠かせないものとなっています。

2013年平成25年

初期被ばく医療機関研修

当院では、原子力発電所構内での災害発生時に備え、浜岡原子力発電所や磐田市消防と協力し院内での研修を行っています。医師をはじめ多くの職員が参加し、事故発生後から、傷病者の処置完了に至るまで一連の流れを実践して職員のスキルアップに努めています。

2014年平成26年

DMAT設置

DMAT設置

当院は大規模災害(地震、津波、台風等)時に災害医療を行う災害拠点病院であり、2014年にDMAT(Disaster Medical Assistance Team:災害派遣医療チーム)が設置されました。

DMATは1995年に発生した阪神・淡路大震災を契機に組織され、災害発生急性期(おおよそ発生48時間以内)に医療活動を行うことを目的としております。最近であれば、本年4月の熊本地震で全国各地のDMATが活動しました。大規模災害時には医療資源が需要に対し大きく不足します。その中で、医療が適切に介入すれば避けられた可能性のある災害死、つまり「防ぎえた災害死」を減らし、最大多数の患者へ医療を提供することがDMATの目標となります。当院のDMATは、医師2名、看護師3名、薬剤師1名、臨床検査技師1名、計7名で構成されています。活動想定として、地域外災害の場合は、緊急に出動し、災害地での医療活動を行います。地域内災害の場合は、当院が災害拠点病院であることから、他地域より参集してくるDMATに対し活動拠点本部として指揮管制を行います。

DMATの活動は、自然災害だけではありません。多数の傷病者が発生する事故(例えば列車事故やバス事故)に対しても出動します。そして現場でのトリアージを始めとした医療活動を行います。もちろんこれらの活動は、DMAT単独で実施できるものではなく、消防、警察さらには自衛隊との連携も視野に入れたものとなります。これらの活動により「防ぎえた災害死」を可能な限り減らしていきます。

当院のDMATは、人的にも装備的にもまだ十分ではありませんが、今後発生するであろう東南海地震に備え、訓練等を行っています。

2015年平成27年

初めての病院祭を開催

平成27年11月7日に磐田市合併10周年記念事業として、当院では初めてとなる病院祭を開催しました。

当院が、この地域の中核病院として安心、安全で質の高い医療を提供していく使命のなかで、地域の住民にわかりやすく市民病院の役割を理解してもらうために、体験・展示・相談・お楽しみの4つのコーナーを設け、普段入れない部屋や医療機器の擬似体験、医師の白衣や看護師の服を着ての写真撮影、消防署の協力による車両展示、ジュビロ磐田フィジカルコーチによる健康に関する講演会などさまざまな催し物や露店での軽食販売を実施しました。当日は、大勢の市民の皆さんが来院していただき盛況に終わることができました。

2016年平成28年

外国人患者受入れ拠点病院の認定

当院が、この地域の中核病院として安心、安全で質の高い医療を提供していく使命のなかで、地域の住民にわかりやすく市民病院の役割を理解してもらうために、体験・展示・相談・お楽しみの4つのコーナーを設け、普段入れない部屋や医療機器の擬似体験、医師の白衣や看護師の服を着ての写真撮影、消防署の協力による車両展示、ジュビロ磐田フィジカルコーチによる健康に関する講演会などさまざまな催し物や露店での軽食販売を実施しました。当日は、大勢の市民の皆さんが来院していただき盛況に終わることができました。

磐田市の外国人の人口は約6千人、市総人口に対する外国人比率は約3.6%であり、全国的にも大変多くの外国人が集住する都市となっています。この中、当院を受診する外国人患者も多く、現在、医療通訳2人が、外国人患者の通訳を行い、月平均約250件の対応をしています。そのほとんどは、ポルトガル語の通訳で、主に、外来診察と入院の診療サポート・病状の通訳などを行っています。

外国人患者を受け入れるためには、様々な課題解決を図る必要があり、平成28年4月、院内に「国際医療支援室連絡会」を設置しました。連絡会では、院内各部所における現状と課題を整理し、外国人患者が、安心して受診できる環境の整備、医療の質の確保について、協議を進めています。

今後も外国人患者受入れ体制整備に関する地域のベンチマーク病院として、また、地域における外国人患者を受け入れる能力を高めるためのリーディングホスピタル病院として機能する外国人患者受入れ拠点病院として、体制整備を図るよう引き続き努めてまいります。

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